一番怖い話
~ナイトファンタジア~ というネオン看板の架かったカフェに影法師達が集まっている。窓から覗く空はビロードに包まれ、その黒布をくり抜いたように満月がくっきりと浮かんでいた。
彼らは怪奇愛好クラブのメンバー達である。奇怪なものに興味を持ち、或いは奇談を好み、人知れず不思議な世界を好む者達の集い。
メンバーは様々な情報を持ち寄り、奇怪な体験談を各々が話す。これは今年最後の彼らの集会でもあった。
今夜は特別にこの中で一番怖い話をした者に商品が出る事になっていた。
司会進行役の挨拶が終わると、見るからに陰気な男が最初に話し始めた……。
「俺はね、永年タクシーやっているんだがね、つい先週、やっこさんを乗せちまったんだよ。有名な霊園の前でさ」
蒼白い頬の中年の男である。トーンの低い声だった。
「そうさ、深夜1時だよ。その日、霊園をたまたま通りかかったんだが、黒髪の思いつめたような表情の女性に止められてさ『麻布まで行ってくださいますか』と言うので稼げると思ったさ。で、途中まで行くと『忘れ物をしたから、引き返してください』と言うんだ。俺は言われた通り、引き返したさ、そして後ろを見ると誰も居ないんだ。外にも出てみたけれど誰もいない。シートはぐっしょりだ。幽霊だと確信したよ……」
その話が終わると次の者が話し始める。カフェは息を呑むような静けさだ。
「わたし、ある国立病院の看護師なんだけど、深夜ナースコールで部屋に駆けつけると中年の女性の患者さんなんだけど、血の気の失せた顔でうんと苦しんでいるのよ。すぐドクターを呼ぼうとしたけど、わたしに手を差し出すのよ。その手が2本じゃないの、4本もあるのよ」
そのメンバーの女の眼は真剣で鬼気迫るものがあった。メンバーが顔を見合わせあっていた。
そして話が終わり、又次の者が話し、大体全員が話しを出し終わると雑談になった。 そして意見交換や分析も終了して、いよいよ一番怖い話を投票で決める段になった。どの話もそれなりに恐ろしい話ばかりであった。
すると今まで下を向いたままグラスを拭いていたマスターが突然に口を開いた。
「もっと怖い話がありますよ」
陰にこもった声であった。
「皆さんのそういう話。私も嫌いじゃないもので、お話を聞かせてもらいましたよ。体験談だけあって実に怖いですね」
「マスター、今もっと怖い話とおっしゃいましたか?」
メンバーの一人がそう尋ねるとマスター沈んだ声で答えた。
「はい。そう申しました」
「よろしかったらお聞かせ願えませんか?」
「いいですよ」
メンバーの皆が一斉にマスターの方を振り返った。マスターが続ける。
「実はこの店は大赤字なんですよ。私は儲けたくて色んな事業に手を出しましてね。ことごとく失敗でした。特に軽井沢の別荘経営は大失敗でしてね。億という借金をつくってしまいました。そしてそれをなんとか取り返そうと思い株に手を出しまして、これがあいにくその傷口を広げる結果になってしまったんです。おしまいですよ。本当にもうおしまいなんですよ。もう死ぬ以外ないんですよ。でも私は無類の寂しがり屋でしてね。よくこの店に来てくださるあなた方と一緒のあの世に逝きたいんですよ……」
「……」
メンバーが言葉を失ってマスターを凝視していた。
「もう店には爆薬が仕掛けてあります。」
――壮絶な爆音が轟いたのは数秒後だった。この世のものとは思えない爆風が店を破壊したのだ。
病院のベッドでやっとマスターは意識を回復させた。
「こ、ここは何処なのですか? 私はもしかして死ななかったのですか?」
マスターが譫言(うわごと)ようにそう訊くと医師が答えた。
「奇跡ですねえ。あの爆発で命を取り留めるなんて奇跡以外の何ものでもない。あなたは運の良い方だ」
「そ、それであのメンバーの方々は…」
「お気の毒です。本当にお気の毒です。後の方は全員お亡くなりになりました」
医師が溜め息をつき、悲しそうな表情で言った。
「……」
マスターは起き上がろうとしてただ呆然とした。手にも足にも感覚がないのだ。
「手が動きません。手が……」
真っ青な顔で悲痛にマスターが言った。
「お気の毒です。あなたは…… 言葉もありません」
マスターが突然泣き叫んだ。発狂しそうな勢いであった。
「ああーっ!」
「痛ましい限りです。まったく痛ましい。いったいあの店に爆弾を仕掛けたのは誰なんでしょうね。本当に酷い人間です。実に酷い……」
医師がそう言った。
「なんで私は助かったんだ。こんな生き方なんて絶対できない。出来っこない!」
マスターの涙で霞んだ視線の中に医者の沈痛な顔があり、その背後にあのタクシー運転手の不気味な笑顔が浮かんでいた……。
おしまい
※思い出
この話は私が二十二~三才の時に作った話で、当時ラジオ関東という局がありその中に男たちの夜という番組がありました。深夜放送でした。その中に東理夫という方が選者のショート&ショートコーナーというのがあり、広川太一郎さんに読んでいただいた思い出深いお話です。この話は最初に投稿したお話です。その時は400字以内という制限がありましたが、ここではもう少し長く書きました。それから毎週のように投稿し、かなりの作品を読んでいただきました。今考えても本当にうれしかった思い出でです。
そしてショート&ショートコーナーの会なるものがあり、何回か東京に足を運んだ思い出があります。