スナイパー
高層ビルの屋上からターゲットに照準を合わせた俺は、何のためらいも感じないまま銃の引き金を引こうとしていた。
暗殺者は常に冷徹で無慈悲でなければならない。
己の私情など微塵たりとも交えてはならないし、自分自身が鋼鉄の精密機器にならなければならないのだ。
俺の頬にひんやりとした狙撃銃の感触が心地よい。銃は高精度オートマチック。この銃は火器の芸術品ともいえるだろう。スコープを覗き込む俺の眼はきっと鋭い鷹のような光を放っているのに違いない。
ターゲットはマフィアの大ボスのゴンドーだ。法で裁けない犯罪組織の首領である。
こいつが片付けば、けちな世の中もちょっとはましになるんじゃないのか。
おっと、俺にはそんな事は関係ない。正義を気取る気なんてこれっぽっちもない。
これは完全なビジネスであり報酬さえ手に入るのなら、俺は天使だって打ち殺してみせる。スコープの中にターゲットを正確にとらえた俺は無表情のまま引き金を引いた。
サイレンサーの鈍い振動が俺の米噛みに心地よく伝わってきた。
しかし次の瞬間俺は我が目を疑った。
ターゲットが身を逸らせたのだ。何とも信じられなかった。ターゲットは俺が引き金を引いたと同時のタイミングで床にこけたのだ。弾丸はわずか数ミリ奴を逸れその向こうにいた別の男の心臓を射抜いてしまったのだ。
しくじったのだ。俺はあまりのショックに銃を放り出し呆然と屋上に立ちすくんだ。この俺が、今までただの一度もターゲットを外さなかったこの俺が失敗したのだ。
ターゲットは一発で仕留めなければならない。銃を乱射して相手を仕留めるなど俺のプライドが許さないのだ。それは俺の美学に反する。
数日後、俺はクライアントの所にすっかり気落ちして訪れた。俺はクライアントに潔くあやまりこの仕事を引退する事を決めていた。
スナイパーは去る時も心得ていなければならない。未練を絶つのも男の美学なのだ。
裏通りのビルの一室。ドアを開けるとそこにクライアントが煙草をふかして俺を待ち受けていた。眼と眼が合い俺は表情も変えずに別れのセリフを切り出すタイミングをうかがった。冷たいスタンドの灯りが俺の横顔を照らす。
「いい訳はしないよ。どうやら俺は終わったようだ……」
だがクライアントはただじっと俺を見つめ、いきなり黄色い声を出した。
「ふふふふふっふ……。 君は凄い奴だ。まったく驚いた。さすがだな。私は最初君がしくじったのかと思ったよ。しかし君は奴が暗殺を事前に察知して替え玉をつくり、全く別の男に変装していたのを見破っていたんだ」
「……」
「――君こそプロ中のプロだ」
――最後に付け加えよう。常に暗殺者は強運に恵まれなければならない。俺はニヒルな薄笑いを浮かべゆっくり顎を撫でた。
おしまい
※画像はO-DANからお借りしています
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