小次郎の失敗
時は江戸時代。相模の国に宮本小次郎という、どこかで聞いたことがあるような無いような名の悪者がいた。
小次郎は盗人、追剥の類(たぐい)で行商人やら、町人やらから金を奪い取っていた。
しかし彼の顔を誰一人として見たものはなかった。なぜなら小次郎は先祖から伝授された透明になれる妙薬を密かに隠し持っているのだった。
元々小次郎の家系は忍者であったが太平の世が長く続くと見る間に落ちぶれ盗人に転落したのだ。
そんな訳で瓦版の絵師さえ小次郎の顔を想像で描くより仕方なかった。実際は中肉中背のどこにでもいるような男であったが、絵師の手にかかると凶悪でごつい男に変貌していた。
小次郎にとって道場破りなど簡単なことであった。どんなに腕の立つ流派の剣豪でも透明になった小次郎には勝てず、道場の看板と大枚な金子(きんす)を持ち逃げされてしまった。なにしろその妙薬は衣服はもちろん、刀までも透明にできるので小次郎は無敵といってもいいほどだった。
これには同心達も困り果て、腕のたつ目明しさえ小次郎との遭遇を内心恐れる始末だった。
あるとき小次郎は峠に地蔵の横で寝そべっていた。寝ていたのではない。峠に通りかかる者を待ち伏せしていたのだ。すると懐が膨らんだ男がゆっくりと峠に差し掛かった。
『しめた! かもだ!』
小次郎は心でこう叫んで透明になり、一気に男に切りかかった。
だが次の瞬間、小次郎の胴体は二つに裂けて宙に踊った。
――姿を消す妙薬も座頭市には、まったく通じないのであった。
おしまい
※画像はO-DANからお借りしています