幽霊写真
夜である。高田馬場にある居酒屋に大学生が五人いる。その中のユイと言う女子は、霊体質でかなり怖い体験を色々経験してきたらしい。だから飲み会ではいつもユイの不思議な体験談で盛り上がる。
「この前、って言っても、もう何年も前だけどさあ」
話し出したユイの声はいくぶんハスキーだ。
「うん。そんなに前に何があったの?」
ユイの怖い話を待っていたように、コウジ、ミサエ、ナミ、ジュンの四人が聞き耳を立てる。
「東北のある飛び込みの名所に行った時の話だけど」
「飛び込みって、死んじゃう飛び込み?」
コウジが少しだけ怖そうにそう訊いた。
「ええ、でも今じゃダイブする人なんかもいて、いろんな話題になってきた場所だけど、そこにわたしは彼と二人で旅行したことがあるの」
「で、そこで何かあったの?」
「あれはたしか夕暮れだった。三段岩の断崖をもう離れて彼と夕焼けの背景で写真をとっていた時の事、彼が遠くに見える断崖の上に人がいるって言い出したの。びっくりして振り返ったら、高校生ぐらいの女の子が、遠くに見える断崖に立ち竦んでいたのよ」
「自殺?」
ジュンが意外とクールな声でそう訊いた。
「声をかける暇も、なんにもなかった。遠くだったし、彼女はいきなり身を投げたの。そしたら彼がデジカメのシャッターを何度も切ったのよ。彼、プロカメラマンだから、職業柄、なかば反射的にその光景を撮ったのだと思うわ」
「へえ、よくそんなことできたね。人の死ぬ映像なんてゾッとしないぜ」
コウジがそう言う。
「で、それを見たの? 何が写ったの」
「ええ、見た。全部で十三枚の写真」
「やだー、怖い」
ナミが怯えた声で言い、ユイの話は続く。
「一枚目が彼女が断崖の上にいるところ、そして前に進み出て飛び降りる。それが五枚目、そして落下していく姿、これが六枚目、七枚目、シルエットよ。そして一コマずつ海面に近づき、十三枚目で完全に海中に吸い込まれた。問題は十一、十二枚目、十一枚目は海面と彼女の頭が触れる瞬間に海中から白い腕が何本も出た。十、二~三本の腕よ。十二枚根目は黒々とした海面から出た手が、彼女を海中に引きずり込むところ」
「うっ」
コウジが変な声を出した。ナミがただ
「やーっ!!」
と言った。
「マジかよ、それ」
とコウジが言い、
「もう海、行けないよ」
とミサエ。そしてその怖い話の真相をみんなもっと訊きたい風だったのに
「それでねえ、この写真は幽霊写真なの、見る?」
と出し抜けにユイが言って、一枚の写真をみんなの前に差し出したから、もしやその写真がさっきの問題の十一枚目か、十二枚目かと思って、みんなが身構えたが、その写真にはユイの顔がアップで映っていた。
「なんだ、ユイこれお前の顔じゃないか、どういうつもりだよ。さっきの写真を怖いけど見たいよ」
「その写真は怖いから全部焼いてしまったわ」
「なんだ―……。ちょっとがっかりだなそれ。でも、おまえの顔のどこが幽霊写真なんだ。脅かすな」
コウジがそう言ってちょっと嫌な顔をした。
「でも、これ正真正銘の幽霊写真なの」
ユイがそう言うので、ミサエが写真を手に取った。だが四人ともその写真を見て首を傾げてしまった。
「なあ、これの何処が心霊写真なんだ、わかんねえなあ」
ジュンが頭をかきながら言った。背後の窓に何か写っている訳でもないし、ユイの身体が消えかけている訳でもない。何度見ても不思議な箇所など見当たらないのだ。
「まさかユイが幽霊なんて事ないよなあ」
薄笑いを浮かべてコウジがそう言った。
「でも、このユイ随分淋しそうな顔してない……。 涙ぐんでる」
ナミがそう言った。
「そういえば、確かに楽しそうじゃないけど」
やがて四人がその写真に興味を失いかけるとユイが悲しそうな声で言った。
「これは心霊写真ではないの、幽霊写真よ。洋介があたしを写してくれたの」
「あなたの彼って…… あのカメラマンの洋介だよね?」
「ええ、実は洋介、死んだの」
「死んだ? あなたの彼の洋介が……。まさか」
その場にいきなり沈痛な空気が流れて、みんな驚いた顔をした。
「交通事故で死んだの。つい先週」
「おい、本当かよ。知らなかったよ、しかし可哀想だな、そりゃ。ユイ、お前大丈夫なのか?」
「ええ。一晩泣いていたけど、もう彼は戻らない。その彼が三日前この前わたしの前に現れて、わたしを撮ってくれたの」
「……」
みんなが顔を見合わせた。
「な、なに! 彼がお前の前に現れたって。そんな、ばかな……。それって洋介が幽霊になったって事?」
「ええ、そういうこと。だからこの写真は幽霊が撮った幽霊写真なの」
みんなが言葉を失ってその写真を凝視すると、写真がフッと消えた……。
おしまい