手紙
前略
ユウヤからマナへ
心から愛するマナ、
僕は突然君のもとからいなくなってしまい、とても済まないと思う。
もしかしたら君は一人暮らしの僕のあの麻布のアパートに何度も足を運んだのではないかな……。君のもとから煙のように姿を消すなんて、僕にしたら不本意な事だ。でもこれには深い事情がある。君を心から愛するからなのだ。正直に言えば今すぐにでも戻ってこの両腕に君をしっかりときつく抱きしめたい。
実はこの手紙は出さないつもりでいた。しかし、僕を好きでいてくれる君を想うといたたまれなくなり、事の次第を先に明かしてしまう気になった。
僕は今フィリピンのある島にいる。そこには法と言うものが機能していない。だから僕はわざわざここまで来た。すまない。もっと率直に書こう。
僕はこれから数時間後にマサヒロと決闘とするところだ。
マナ、こんな身勝手をどうか許してください。
君が知っていたかどうかはわからないが、僕もマサヒロも大学時代に全日本学生フェンシング選手権大会に出場したことがある。優勝こそ逃したものの二人ともフェンシングには自信があった。マサヒロと僕とはライバルだったのだ。
だから僕が「勝負はフェンシングでつけようじゃないか」と軽く言ったのをマサヒロは真に受け、今や抜き差しならない状況になった。
隠していたが僕はマサヒロに今までずっと嫉妬していた。彼は僕より家柄がいいし、頭も顔もいい。貧乏な僕とは違う。でも愛で僕はマサヒロに絶対勝つ自信がある。しかしマサヒロは手練手管で君をものにしようと狙っている。
奴は君の親に近づき、君の背後からあらゆる手を使って君を手中に収めようとしている。どうやらマサヒロも本気で君に惚れたらしい。僕はどうあってもマサヒロに君を渡したくない。だから命を賭けてマサヒロと決闘する。
介添人は友人のゴトウとアダチに頼んである。君の目から見たら僕とマサヒロは仲の良い友に見えたかもしれない。でも、君の知らないところでマサヒロと僕は戦っていた。
――君の為に。
マナ、僕は覚悟している。そして中世の騎士になるつもりでいる。
もし僕が帰らなかったら、僕を忘れてください。そしてマサヒロを……。 いや、僕はきっと勝ちます。必ず勝ちます。そして晴れてマナにプロポーズをするつもりです。ではっ、風邪などひかぬようにして、この僕を待っていてください。
早々
センドウ・ヒサ様
拝啓
お母様、おかわりございませんか。
実はユウヤから驚くべき手紙がきましたので、こうしてお便りします。今にして思えば一時でもユウヤに心を動かされたわたしが馬鹿でした。
お母様、最近わたしはユウヤから再三言い寄られまして、本当に悩んでおりましたが、今朝フィリピンから届いた手紙を読んで決心がつきました。わたしはお母様が薦めてくださった縁談を承知しようと思います。イガラシ様はとてもお優しく、わたしに細々した事にまで気をつかってくれます。財産もおありになり、申し分もございません。
新婚旅行に行くならスペインがいいと教えていただきました。外交官の職業柄、あの方は世界を良く知っておいでです。素敵な男性ですわ。
それに引き替えユウヤはまるで気の違った野蛮人だと、わたし、はっきりとわかりましたの。それに最近知り合ったマサヒロと言う方も、どうも虫が好きません。変な方です。詳細は今度お会いしました時にお話し致します。
――まずは承諾のご連絡まで。
かしこ
おしまい
※画像はO-DANからお借りしています
センドウ・マナ