発狂した宇宙人

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ミケランジェロの空

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 ミケランジェロというのは猫の名である。中二の祐二が単に毛が三毛だったので、思いつきでつけた呼びづらい名前だ。

 

 だから、祐二はミケランジェロなんて猫を呼んだためしがなく、大抵はミケと呼んでいる。従ってこの芸術的な名前もほとんど意味をなさない。

 

 このお話はこのミケランジェロと言う猫が主役である。

 

 ミケランジェロはとても大きい雌猫で普段はおっとりしていて大変賢い猫なのだが、その賢さと言うのが半端ではない。なにしろ人間の言葉、或いは思考を理解できるのだ。

 

 なぜかというと、実はこのミケランジェロの正体はエイリアンなのである。

 

 こう書くと読者は驚かれるかもしれないが、昔から猫は、例えば日本では化け猫などにされて恐れられた事もあったし、特にヨーロッパの国々で、十三日の金曜日に黒猫を見ると不幸がおこるという迷信が近代まで蔓延っていたくらいだ。

 

 だから、猫たちがずいぶん酷い目に遭ってきたのも事実だ。猫には人知れない不思議な一面がある。

 

 鋭い読者の中には猫がエイリアンだと聞いてさほど驚かず「なるほどね」などと言って薄笑いを浮かべる方もいるかもしれない。

 

 ミケランジェロがどうしてエイリアンなんかになったのかと言うと、これはもう何世紀も時代を遡らなければならない。

 

 はるか昔、エイリアンの乗った飛行体が深い森に不時着して、中にいた黒い影のような生物が、たまたま好奇心満載でそばに寄ってきた一匹の猫に取りついた。

 いわば寄生したのだ。彼らは特定の形を持たないからすぐにそれが出来、猫の脳内の細胞を食べて脳に住み着いた。そして他の猫たちに感染していった。

 

 今日まで彼らは猫の中で何食わぬ顔で時代を過ごしてきた。

 

 ある程度の数を維持しながら、しかも増えすぎないように。

 

 彼らは人の言葉がしゃべれるのだが正体が明るみに出るのを警戒して(時たま、人前でしゃべってそれがユーチューブなどで流されたりしているが)人前では決して喋らない。

 ミケランジェロは人なつっこい猫で、必要以上に人間に懐いていたので、エイリアン仲間からはいつも白い目で見られていた。

 

 そんなある日の事、時期的に開かれる猫の会議(エイリアン会議)でダヴィンチと言う顔の大きな猫が、三十匹近い猫の前でこう言った。

 

「なあ、そろそろ人間達に寄生して、世界を我らの物にしようではないか」と。

 

 そこはいつもの公園集会所ではなく、裏山の洞窟の中であって、その会議の秘密性と重大性を充分にうかがわせた。

 

 サバトラのダヴィンチと言う雄猫は、仲間内で一番の過激派で、いつも人間界を征服することばかりを考えている恐ろしい猫(エイリアン)なのである。

 ダヴィンチの考えでは、人間達の主要人物、例えば政府や官僚の上層部の人達に寄生してしまえば、とりあえず日本を我がものに出来るし、それに俺は猫でいる事にもう飽きた、と言うのだ。

 

 ダヴィンチは押しが強くて気性の荒い、行動力のある猫であったから皆もその意見を聞かないわけにもいかなかった。

 

 だがそれに真っ向から反対したのが、他ならぬミケランジェロだった。

 彼女(雌猫なので便宜的な意味)は猫一番の穏健派で、これからも今まで通り、人間界でうまくやって行こうと言うのがその主張だった。他の猫たちもどっちに付いたらいいか分からないので態度を決めかねていた。

 

 そしてミケランジェロがこう言った。

 

「ねえ、ダヴィンチ。あなただって人間に飼われているのでしょう。食べ物や寝床にだって不自由しないはずなのに、人間に取りつくなんて酷い考えだわ。わたしは先祖の教えを守り今後も人間と共存していくつもりよ」

 

「おい、ミケランジェロ。なにを甘いこと言ってんだ。おまえも焼きが回ったものだぜ。我らは人間より優れた生き物なんだぞ、とうてい猫でなんかいられるものか。俺が人間界を支配した暁にはお前を幹部にするつもりだから、黙って俺のいう事をきけばいいのだ」

 

「いや、そうはさせない。どうしてもそうするなら、このわたしを敵に回して、本気で戦う事になるわ」

 

ミケランジェロ、おまえ正気か!」

 

 その時のミケランジェロは、普段のおっとりした猫ではなかった。まるで山猫のような鋭い猫だった。

 

 彼女は自分をとても可愛がってくれる祐二や、その家族に想いを馳せていた。ミケランジェロは祐二たち大野一家に愛情を感じていて、彼らの脳が喰われてしまう光景を想像するだけで吐き気がするのだった。

 

「おい、ミケランジェロ! 俺に逆らうなら容赦しないぞ」

 

 ダヴィンチが凄みをきかせてそう言った。それは最後の忠告でもあった。だがミケランジェロは一歩も引かなかった。

 

 両者の間に緊張の糸がピーンと張りつめた。猫ギャラリーが静かに見守る。



     ◇    ◇



 その夜ミケランジェロが帰って来た時、祐二はとても驚いた。

 

 なにしろ血だらけで、片目はふさがり、よろよろと歩行さえままならないのだ。

 

 祐二は訳も分からず、ただミケランジェロを抱きかかえた。すると耳元でミケランジェロがなにか言ったような気がした。

 

ダヴィンチはもういない……」

 

 それがミケランジェロの最後の言葉だったけれど、祐二はまさか猫がしゃべるはずがないと思っていたのでその言葉を聞き取れなかった。

 

 涙が止まらない祐二がまだ温かいミケランジェロの体を抱きしめた時、ミケランジェロの脳裏には故郷の星の灰色の空がくっきりと映っていた。

 

 

               おしまい

 

 

 

 

                    ※画像はO-DANからお借りしています