能力
「時よ、止まれ!!」
彼がそう唱えると、時間は見事に静止した。まるでビデオの静止画のように。
この能力はもう神通力とでも呼べるものだった。都合にいいことに時間が止まっても彼自身は止まらなかった。彼を除く世界のすべてが一瞬にして氷結してしまうのだ。
これを解除するには「時よ、動け!!」これで良かった。
しかし楽しい事も出来る反面、これがなかなか歯がゆい能力だった。例えば車の前にボールを追って飛び出してきた可愛い子供が車に跳ねられそうになる。
そこで間一髪「時よ、止まれ!!」と叫んだのはいいが、その後がどうしようもない。子供も車もまるで鋼鉄のように固まっていて手の施しようがないのだ。静止したものを自由に動かす事が出来ないのだ。
唯一子供を助けられるとしたら、自由になる彼の身体を車と子供の間に持っていき、「時よ、動け!!」と叫ぶしかない。
しかしそれでは自分が死んでしまうだろうし、自分の子でもない者にそこまでの献身はできない。
そんな訳で彼は長く時間を潰した挙句の果て、子供が自分の視界には絶対に入らないところまで行き「時よ、動け」と唱えた。
その時の絶望感と罪悪感は途方もないもので暫らく彼は立ち上がれなかった。
彼はその後味の悪さからその能力を封印した。そして自分が絶対絶命の窮地に立った時にのみ能力を使おうと心に誓ったのである。
だがその時は意外に早く訪れたのである。
あるとき巨大な彗星が天空から飛来した。このままでは世界が終わる。そんな映画みたいな悲劇が目の前に起こったのだ。
刻一刻、近づく彗星、襲い来る天変地異。まさに世界が崩壊しようとしていた。そのとき彼は高らかに言い放った
「時よ、止まれ!!」
世界が一瞬にして凍りついた。時間が完全に静止したのだ。ところがアクシデントが起こった。まさに悲劇に追い打ちをかけるような窮地である。
元々心臓病を抱えていた彼がそのショックで発作を起こして死んでしまったのだ。
そして世界は凍りついたまま放置される羽目になった。
世界は今「時よ、動け!!」と言える者をひたすらに待ち続けている。
おしまい
※画像はO-DANからお借りしています