夢の中の記憶 5
第五日目の記憶
夢を見ていた……。
太田青年が私の目の前にいる。舞台は公園のベンチだ。地面に枯葉が積もっている。秋なのだろう。高木の合間から眩い陽光が射し込んでいる。
私は座り、青年は立ったままだ。
「君は、真面目で働き者だったね。大学は卒業したの? 今でもあのホテルでバイトしてるの」
「はい。実は大学は辞めたんです」
完全に田辺Bの記憶をなぞっている私。
「いつの間にかホテルのコックですよ」
「えっ、コック。いいじゃない。へたな大学行くより価値があるよ」
「仕事が好きなんですよ。来年フランスに修行に行くんです」
「将来有望だね。コック長に成れるんじゃない」
ちょっと太田青年がはにかんだような表情をした。
「彼女は元気なの?」
田辺A… 私は完全な観賞者だ。
「そんな事はどうでもいいですよ」
青年が幾分険しい顔になった。
「奴を殺してくださいよ。約束でしょ」
「わかってるさ」
「僕はあなたを必ず殺しますから、あなたも僕を確実に殺してくださいよ」
「本当にそれでうまくいくのだろうか」
「そうしなければ私達は永遠に誰かの夢の中の存在でしかない。夢にしか生きられないなんて酷いじゃありませんか。今の私達は半分死んでるのと同じですよ。誰かが夢見ない限り存在もしない」
「そうだね。儚いよなあ。夢の中でしか生きられないなんて。殺せば実在になる」
「そうです。その通りです現実の人間として存在できるのですよ」
「判った。計画を練ろう」
頷いて魔性の笑みが田辺Bの顔に浮かんだ。 そこで覚醒した…。
呆然と起き上がって鏡を見る。まるで魔界に迷い込んだような蒼い顔の私がそこにいた。
思い出してしまった。封印したかった記憶だ。心の湖面に重い物が投げ込まれ、大きな波濤となって広がっていった……。
つづく
※画像はO-DANからお借りしています