発狂した宇宙人

書き溜めた短編(S&S)をビヨンドで動画化のご紹介、短編(テキスト版)の掲載その他雑記などのブログです

夢の中の記憶 6

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第五 六日目の記憶

 深夜に目覚めた私は背中に悪寒を覚えて身動()ぎも出来なかった。
醜怪なもう一人の私の笑みが脳裏に刻まれていいる。仮説が実証されたかのような想いが胸に込み上げてきた。
 どうやら二人は夢の世界の住人らしい。そして二人で結託して現実の私と、太田青年を殺そうとしている。
 訳がわからない夢だと思った。ばかげていると思った。相当のストレスが溜まっているのだと思った。あしたは会社を休もうかと思った。有休だって殆ど使っていない。だがそうも行かなかった。
 私は仕事中は勿論、帰宅の電車の中でまで夢の事を考えていた。交換殺人かと思った。青年が私を殺し、私は青年を殺す。さすがに夢の中の住人といえども自分を殺すのは気が引けるのか。それとも単に怖いのか。そして私と青年に成り代わろうと言うのか 
 私は苦笑いをした。電車の向かいに座っている中年の婦人が嫌な顔をした。
 帰宅して、風呂に入る。風呂から出て部屋に帰るともう一人の自分がいたらどうしよう 取り止めもない恐怖が私を襲う。部屋に戻ったが誰もいなくてほっとした。食事をしてテレビを見る。眠るのが怖かった。しかしいつの間にか眠っていた。そして
 夢の中に青年がいた。薄暗いホテルの厨房だ。他には誰もいない。青年がバッグの中から黒い布に包まれた物をおもむろに取り出した。
「しかし、あっちの世界の君は何処に住んでいるんだ?」
 夢の中の私が太田青年に聞いた。
 「大丈夫、調べてありますよ。しかし面白い事がわかりましたよ田辺さん。僕はむこうの世界でも、このホテルのコックなんです。しかし田辺さんの場合は違います。田辺さんはむこうの世界では広告代理店の課長さんだ。僕がむこうのあなたを殺せば自動的にあなたは課長さんの席に納まるはずです。この世界ではあなたはホテルを首になって、今じゃ派遣じゃありませんか」
「私は課長か。で、女房子供はいるのか?」
「さあ、そこまでは調べてありません」
「調べるってどうやって調べたんだ」
「僕はむこうの世界の事を時々夢見るんですよ」
 太田青年の瞳に暗い光がある。布が柔らかく床に落ちるとそこに()く物が出現した。
刃渡り20センチはあろうか、氷のように冷たく光るサバイバルナイフだ。握りが黒く、薔薇の模様が刻まれている。
「これはシルバームースというナイフです。ある所で手に入れました」
 握りから刃先にかけて蒼白い光が走った。
 ここで私は覚醒した。毛布を勢いよく跳ね除け、ごくりと息を飲む。まだ手の中にナイフを握った感触が残っている。
 大変だ。なんとかしなければいけない。焦燥と恐怖が混ざったような、居たたまれない感覚が私の中を突き抜けた……

 

               

                つづく

 

 

                  ※画像はO-DANからお借りしています