発狂した宇宙人

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夢の中の記憶 8

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 第八日目の記憶

 暗く低い雲の垂れ込めたある秋の日。私はそのホテルの見える丘に立った。
 麻布のホテルMを地図上で見つけた時。ぞーっとするものが胸の内に込み上げてきた。しかしまだ半信半疑だった。偶々同じ名のホテルがあるのだと都合のいいように解釈した。
 しかしこうしてホテルを眼下にして、私は胸郭を締め付けられるほどの衝撃を覚えた。
 うろたえずに居られなかった。夢に見たホテルだ。確かに憶えている。以前に来た事があるのだろうか? 
 最大の関心時はこのホテルに太田青年がいるかどうかだ。確かめずにいられなかった。丘から曲がりくねった側道を下り、しばらくアスファルトの道を歩くとホテルが目の前に聳(そび)え立っていた。格調高いエントランスホール。客を装って中に入ると、天井に大きなシャンデリアと大理石の床。中央に女神のブロンズ像。何もかもが夢の通りだ。
 そしてその一隅に革張りのソファがある。足を止めずにいられなかった。青年と夢の中で語らった場所だ。胸の鼓動が高鳴り心がズキンと痛む。青年は実在するのか?
 フランス料理のレストランを探すと最上階だ。エレベーターで昇り、レストランに入る。席に着かずに奥に進んだ。ちょっと困った顔でウエイターがやって来た。
 「お客様。何か」
 不審な顔だ。私はその言葉を発するのに並みならぬ覚悟をした。そして言った。
「太田というコックおりますでしょうか。親戚の者ですが」
 私の心臓は張り裂けそうだった。
「ああ、はい。ちょっとお待ちください」
ウエイターが厨房の方に消えた。
 私の心臓の鼓動は最高潮に達した。2〜3分の間があいた。奥から急ぎ足で人がやって来た。
「はい。あれっ? あなたどなたですか」
 私は気分が悪くなってよろけそうにさえなった。太田青年は実在したのだ。間が空いて私は何もしゃべれなかった。
 「夢を見ませんか? 変な夢を」
 私の言葉はうわ言のようだった。青年は怪訝な顔をした。
「夢ですか… それよりあなた、どなた様ですか」
「すいません勘違いです。ホテルを間違えました」
 私は逃げるようにホテルを後にしていた……。

 

 

                つづく

 

 

 

                  ※画像はO-DANからお借りしています