発狂した宇宙人

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夢の中の記憶 最終話

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最後の記憶

 マンションに帰り、ドアに鍵を掛ける。胸の動揺が治まらない。夢の裏付けをしてしまったのだと思った。現実に私と太田青年がいる。そして夢の中に同じ分身のような人物がいる。そして彼らは私と太田青年に成り代わろうとしている。
 あまりにも荒唐無稽だ。こんな事を誰に相談したらいい? 会社には相談できる相手などいない。課長のポストが危うくなるだけだ。
 医者か? いや、気が違ったと勘違いされる。私はこの悪夢に近い出来事に何とか冷静に、合理的に対処できまいかとあれこれ考えを巡らせた。
 しかし、思考の混乱は依然として治まらない。酒を飲んだ。全てが夢で終わってくれまいかと思った。酔いが回り、うとうととする。私はソファに座ったまま、夢の世界に吸い込まれて行きそうになる…。
 その時チャイムが鳴った。眠気を掃って玄関に行く。インターホンを取ると男の声だ。聞き覚えがある。
 「こんな夜分にすいません。田辺さん、僕は太田です。昼間は失礼しました。実は僕も夢を見ました。お話があります」
 切ない声を聞き私はドアを開けた。紛れもない太田青年だ。なにかに怯えたような顔だ。酔いが急激に醒めて行った。私は青年をリビングに通した。応接セットに座る。
 「どんな夢をみました?」
 私はいきなり質問をぶつけた。
 「夢の中で僕はあなたと会話をしていた。ホテルの革張りのソファに僕とあなたが座っていて、現実の僕とあなたを殺すと… 物騒な相談をしているんです。それがとてもリアルで、夢とは思えないんです」
 「なぜ昼間なにもおっしゃらなかったんです」
 「いやあ、あの場じゃあれ以上しゃべれませんよ」
 「なるほど。しかしどうして私のマンションが判ったんですか?」
 「夢に見たんですよ」
 「そうですか、なるほど」
 青年の瞳の奥に恐怖に竦(すく)んだような光があった。
 「夢の中に私達の分身が存在するのかも知れませんね。でも大丈夫ですよ。私達はそれを知っている」
 「はあっ?」
 「彼らが殺しにくる事を知っていると言ったんですよ。だから逃げられる。予想できるから、回避できる」
 「本当ですか?」
 「ええ、本当です。大丈夫です… それに」
 「それになんですか」
 「彼らは所詮(しょせん)夢の世界の住人だ。実体を持たない。実体の無いものに人殺しは出来ない」
 「本当に」
 「ええ」
 「本当に」
 「本当ですとも」
 「もし、彼らが実体化出来たとしたらどうします」
 「出来ませんよ」
 「なぜ言い切れるのです」
 「なぜって、それは」
 私がそう言いかけた時、いきなり青年の瞳に尋常(じんじょう)でない狂気が走った。
 あっと思った瞬間、青年のブレザーの懐からサバイバルナイフが現れた。
と同時に電光のように刃先がひらめいた。
 私のわき腹に光る物が食い込んだ。それが何度も執拗に繰り返された。リビングの床が赤く染まる。信じられなかった。私は不意をつかれて、ついに叫び声を上げることすら出来ずにその場に崩れ落ちた。
「田辺さん。誤解しないでください。僕は夢の中の太田ですよ」
 そのセリフを耳元で聞いた時は既に私の意識は殆どなかった……。

 私はゆっくりと眼を開けた。どの位の間、意識がなかったのか見当もつかなかった。

そこは霧の中のようだった。実に不思議な光景であった。

 その光景の中を私は足元もおぼつか無いままふらふらと歩いていた。

 いつの間にか私は街角に立っているのだが、通り沿いに真ん中から切断された映画のセットのような家々が立ち並んでいた。
 道を歩くと突然道が喪失していたりする。仮想現実のような危うく儚い世界だ。一人の男に行き違ったが、男の眼は死人のようでまるで生気がなかった。まるで暗い魔界を覗くようだった。灰色の空には骨だけのカラスが飛んでいた。

 腹から内臓が飛び出しているのに気に留めずに遊んでいる子供達に会った。気味の悪い笑いを浮かべていた。
 私は靄の中を当ても無く彷徨った。すると夢で見たホテルMが異様なその姿を私の前に現わした。その姿を呆然と仰ぎ見る私。いびつにホテルの全景が歪んでいた。
 

 私の中で何かが突然沸き起こった。復讐心であり、怒りであり、煮え立つような想いだった。私は腹の底から絶叫していた。今まで一度も出した事がないような叫び声が私の喉からほとばしった。
 

 私は思った。そして私は切実に懇願していた。
 

 ――誰か、誰でもいいから私を夢に見てくれないか。夢に見てくれたら私は、そいつを殺す。そうだ。私が殺されたようにそいつを躊躇なく殺す。そしてもう一度現実の世界へ戻るのだ……。 必ずそいつを殺して…。

 

 

                END

 

 

                 ※画像はO-DANからお借りしています