あなたはあした死ぬ
「あなたはあしたの正午に死にます」
その個性的な顔立ちの占い師は俺に向かい正々堂々とそう言い放った。
一介の会社員である俺は悪い冗談と思ったが占い師の眼は少しも笑っていなかった。その眼を見ているうちに俺はむかついてきた。会社帰りの街角だった。
何の根拠があってそんな事が言えるのだろう? どう考えたっておかしいじゃないか。――俺は極めて健康体だし、もちろん精神病を患っているわけじゃない。そう言えば昔読んだ小話に占い師が、『あなたは三日後に死ぬ』と占った人間を三日後に殺しに来たという話があったっけな――。俺の頭をそんな記憶がよぎった。実にばかばかしい笑い話じゃないか。
そして俺は尚も思った。ならば明日の正午にこの占い師の前に居ようじゃないか。
そうだ。この胡散臭い占い師の前に居て『おや? おかしいですね。私、死にませんねえ。私の記憶違いでしょうか? たしかお宅は私が正午に死ぬとおっしゃったと思いましたが』
なんて言ってこの占い師の困り果てた姿を観察して最後に『いい加減な事いってんじゃねえ、このインチキ占い師!』
ぐらいの捨て台詞を言ってやろうと俺は思った。
* *
翌日の正午。俺は会社まで休んで占い師の前に立っていた。
――時報。
俺は空々しく言った。
「あれっ、死にませんねえ。今の時報お聞きになりました?」
占い師は黙っていた。
「このとおり私はぴんぴんしていますよ。妙だな」
すると占い師は暫らく考えあぐねた末、眼を輝かせてこう言った。
「あなたは、一度死んだのですよ。たしかに正午に死んだのです。そして生き返ったのです。わからないのですか? わからないのですね。無理もない。こんな事は到底信じられないでしょう。もっともだ。あなたは正午ちょうどに死に、その後わずか数秒で奇跡的に生き返った。あなたは魔術師ですか? さては魔人か仙人か、妖術使いかも知れません。あなたはご自分でも気づかない超能力の保持者かも知れない。いやあ、凄い、凄い。奇跡だ、まさに奇跡だ! おめでとうございます! あなたはむしろ感謝しなければらない。父に母に先祖様に。おお、この奇跡の体現者は、あ・な・た なのです。祈りましょう。こうべを垂れ神に、仏に、いや、むしろあなたが祈りを捧げるのは自然の精霊かもしれない。私もここに居合わせた事に感謝し、誇りにさえ思い、ここに奇跡に証人として立っているのです。凄い。とにかく凄すぎる! 心から言います。おめでとうございます!重ねて言います。すばらしい! おめでとうございます!!」
「……そ、そうか、そうなんだあ……」
――ポカーンと口を開けたまま俺はそう言った。
おしまい
※画像はO-DANからお借りしています
おしまい