Magic
――ある時、南米べネズエラ、ギアナ高原の付近で猿とも人ともつかぬ部族が発見された。全世界が注目する大ニュースである。
早速、日本からも研究チームが現地に派遣された。
彼らは動物の皮を身に纏っていて、小柄で少数で言語を使わず、ほとんどジェスチャーのような身振りで意思を伝えていた。
文字も言葉も無い彼らの驚くべき実体が次第に明らかになっていく。
チームは彼らをオラン・バドットと命名した。森の道化師という意味の現地語である。
サルから人へのミッシングリングの解明に光がさすようであった。
彼らは当初チームに強い警戒心を抱いていたが、チームの根気ある友好の努力は頑(かたくな)な彼らの心を徐々に解きほぐしていった。
特にチームの持って行ったケーキは彼らに好評で、喜んで彼らはそれを食べ、親密の度合いが一挙に濃くなった。友好関係とでもいうべきものが確立しつつあった。
彼らにとってもチームの隊員達にとっても楽しい時が流れた……。
しかし日本から来た知らせに彼らの生死を問わず本国に持ち帰り、その標本と研究成果を世界の学界に発表する旨が記してあったので、チームリーダー思わず眉間にしわを寄せた。
そんな折り、チームの中にマジックの得意な一人の隊員が現れた。
彼はなにを考えたのかマジックで彼らを喜ばせようと思いついたのだ。彼は大学時代にマジック研究部にいたので玄人跣(くろうとはだし)の腕前だった。
一つのピンポン玉が彼の手の中で二つになり三つに増えた。
しかし彼らにはまったく反応がなかった。今度は一本の紐を真ん中で切り、切れた両端を握ると切れたはずの紐は、もとどおり一本の紐にもどるというマジックだった。
やはり彼らには何の驚きもなかった。
チームの皆は喜んだがオラン・バドットには反応がなかった。そしてマジックの得意な彼は最後にとっておきのマジックを披露した。
何も無い彼の掌から突然、大きな白いボールが現れた。そしてそのボールを空中に放り出すとボールは空中に見事に消え失せた『どうだ』と言う表情を彼がした。
しかし彼らは尚も、まったく無表情なのであった。
その様子を見てチーム隊員たちは、彼らの知能はかなり低くマジックの意味さえも理解出来ないのだと結論を下した。
しかしその時彼らはへんな踊りを始めたのである。
それは日本のドジョウ掬いのしぐさに似ていた。 腰を上下に動かして滑稽でそれは隊員たちの笑いを誘った。しかしその笑いは長くは続かなかった。
突然オラン・バドットの中の一人が直立不動の姿勢を示した。そして怒りとも笑いともつかぬ「キーーーーーーッ!!」という叫び声をあげた。
――するとどうだろう。今までその場にいた彼ら全員の姿がガラスのように透けていったのである。隊員達の驚きは並み大抵のものではなかった。
思わず彼らの一人を抱きすくめようと飛びついた隊員であったが、オラン・バドットは全員、煙のようにその姿を消した。
彼らはそれ以来人間の前には決して現れなかった。
おしまい
※画像はO-DANからお借りしています
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