橋の上で
その青年は思いつめた表情をして橋の上に立っていた。峡谷にかかる鉄橋の下は足が竦むほどの眺めである。青年はひどく落ち込んだ様子で橋の欄干に足をかけた。
ちょうどそこに分別のありそうな老人が通りかかった。まるで水戸黄門のような風貌。
「お若いの、おやめなさい!!」
老人はそう叫んで青年を呼び止めた。かなり大きな声だったので青年の決心が鈍った。
「どうか、とめないでください!」
「いや。止める、止めるぞ。だいいち命を無碍にしてはいかん! とにかく訳を話しなさい。訳を……」
「……」
沈み込んだ青年の表情。まったく浮かない顔だ。
「その顔は失恋でもしたのかい?」
青年は黙って頷いた。
「ほう、そうか。辛いであろう、苦しいであろう。さぞ相手は美しい女なのであろうな、わしも昔とても気立てが良く上品で見目麗しい女に恋をした事がある。しかしなあ相手はわしをさておき別の男と一緒になってしまった」
「……」
「大失恋じゃった。あの時は死ぬほど辛かったぞ。しかし、わしは耐えた。ぐっと堪えた。相手を恨まず耐え忍んだのじゃ、わかるかのう」
「……」
「女など、星の数ほどいると思いなされ、時間がやがてあんたの心を癒してくれるじゃろう。だから女のことは忘れるのじゃ、忘れてしまいなさい。なあ」
「……」
青年の顔は依然として冴えない。
「いいかな。女など…… 女なんて」
青年が泣きそうな顔をして老人の言葉を遮って言った。
「僕が好きになったのは男子ですよ、体育の先生なんです」
「うっ!」
直後に青年の姿は橋の上から消えた……。
おしまい
※画像はO-DANからお借りしています
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