感情を映す鏡
そこは文化ホールのステージだった。そのステージに口ひげを蓄えた博士と、痩せて背の高い助手が立っていた。
博士は得意そうな顔をして、ステージ上の物に掛けられた黒い布をとった。
と、そこに等身大ほどの大きな鏡が出現した。
縁はシルバーで縦に長い鏡だ。鏡面は綺麗で一点の曇りもなかった。
「これが私の発明した人の感情を映す鏡です」
余裕の表情で博士がそう言った。ホールには記者達と観客が集まっていたが、ホールをびっしりと埋めるほどの観客ではなった。
弁舌さわやかなに博士が話し出した。
「この鏡は人の喜怒哀楽を色によって表現します。映った人の顔色でその人の本当の感情が分かるのです。昔から『顔色を覗うという』言葉があるでしょう。この鏡があれば覗う必要などないのです。はっきりとした色となって人の感情が映し出されるのです」
そこまで言って博士は観客席を見回し、一人の若い女性をステージに上げた。丁寧に手を取ったが、急に語調を荒らげてこんな言葉を言い放った。
「このばか! 死んじまえ! 変態!」
博士が気でも違ったように女性を罵倒したのだ。
周りの人達が驚いて博士の顔を覗きこんだ。観客が唖然としていた。しかし博士は、すかさずその女性の顔を鏡に映して見せた。黒ずんだ顔色だった。
「どうも失礼しました。でも見てくださいみなさん。この女性は今怒りました。だから黒だ。怒りの感情は黒色によって現れる。このように鏡には怒りは黒。悲しみは青。楽しみ喜びは黄色に映る。どうです。面白いでしょう。こんな鏡が今までにあったでしょうか? 私が発明したのですよ」
すると鏡に映る女性の顔色が見る見る変化していった。
博士がその顔色を見て首をかしげた。
「ピンク色……? そんな感情の色なんて設定していないがなあ」
博士がこまった顔をした。それを見て助手が苦笑いをして言った。
「博士。ピンクじゃなく赤ですよ。彼女はただ照れて赤くなっただけですよ」
――会場からどっと笑い声が巻きおこった。
おしまい
※画像はO-DANからお借りしています