珍説 蜘蛛の糸
――これはまだお釈迦様が天上界に赴任されたばかりの、新人であられた頃の物語です。
あるとき、お釈迦様は無性に退屈で、極楽の蓮池の周りをぶらぶらと歩いておられました。
そして天上界の景色をだいぶ長い間眺めておいででしたが、それにも飽きてしまわれました。そのうちに、ふと蓮池の隙間から下界をご覧になりますと、浅黒い顔のカンダタという悪人が地獄で苦しんでいるではありませんか。
そこでお釈迦様はその男にとても興味を持たれました。退屈が吹き飛んでしまう程でした。そしてなんとなく釣りでもする感覚で蜘蛛の糸をそこから垂らしますと、カンダタは血の池から逃れる為、その糸をつかみ、無我夢中にのぼり始めました。お釈迦様はそれをとても面白く感じました。スリルがあるのです。
しかしカンダタはただ夢中です。そして彼が下を見るとどうでしょう。数多くの罪人達が我も助かろうと後に付いて登ってくるではありませんか。そこでカンダタは驚き大声で怒鳴りました。
「こら、罪人ども! 来るな糸が切れるぞ! 莫迦ども糸を離せ! この糸は俺様だけのものだ」
その途端に糸は切れ、哀れにもカンダタ諸共、みな地獄の血の池に落ちて行ってしまいました。なんとお釈迦様はそれを見てニヤニヤ笑っておられました。
でも、その一部始終を遥か、天上界の天照大神が見ておられました。そして極楽界のお釈迦様のもとにやって来てこう言いました。
「わざと切りましたね、あなた。この薄らばか。自分の事しか考えない罪人達に糸を投げればどうなるか、おまえには判っていたでしょう。あなたのやったことは残酷です。このサディスト。修行が足りません!」
天照大神はそうおっしゃいますと、お釈迦様の胸ぐらを、むんずと掴まれ、そのまま地獄に突き落としてしまわれました。血の池にはまり込んだお釈迦様は悲嘆にくれました。そして深く反省されました。
「わるうございました。天照大神様、私がわるうございました……。お助けください。どうぞお助けください。このおろかな新人めをどうかお助けください」
ですが、天上界からはなんの返事も返ってはこないのでした。
* *
それからかなり永い月日が流れたある日の事です、事もあろうに空から蜘蛛の糸が下がってきたのです
以前の一件があったので、お釈迦様はこれは悪しき者の行為だと思い、力任せにその糸を引き寄せられました。
するとどうでしょう。天照大神が天上界から糸を持ったまま落ちてこられたではありませんか。そして照れ笑いをしながらおっしゃいました。
「お釈迦さん。やっぱり蜘蛛の糸って一度は垂らしてみたくなるものね……」
おしまい