絵女房
* *
江戸時代。あるところに絵の名人がいた。かの巨勢 金岡を
その噂を聞きつけてやってきたのが熊さんだ。
早足で遠慮もなく絵師の家の門をくぐった。
「先生!」
「なんじゃ」
絵師は縁側で柿の木を眺めていた。
「先生! 江戸じゃ先生の絵が評判だ。おいら、大工の熊と言う者ですが、おいらにもひとつ絵を描いちゃくれませんかねえ」
「どんな?」
「女の絵でさ」
「ほう」
「むろん礼は致しますから」
「どんな女だい?」
「そりゃいい女に越したことはねえけどさ。実は恥ずかしながらおいらこの歳だけど、未だに嫁の来てがねえ。かっこよすぎて」
「……?」
「俺の女房になる女を絵に描いて欲しいんです。先生を名人と見込んでの頼みでさあ」
「良かろう」
絵師は意外に簡単に承諾した。そして奥から白い和紙と筆を持って来るとすらすらと着物姿の色っぽい女を描いて見せた。
「こいつぁ、すげえや」
目を丸くして熊さんが驚いた。
「で、先生。絵から抜け出させてくださいよ」
「いいとも」
絵師が絵の上を撫でると艶やかな美人が絵から抜け出てきた。
「こりゃあ、たまげた。生唾もんだ。さすが先生は天下一だねえ!」
熊さんはすっかり嬉しがり、礼を置くと女の手をとってそそくさと帰って行った。
◇
しかし翌日、熊さんは泣きべそをかいて絵師のもとを再び訪れた。
「どうした? 熊さん」
「聞いて下さいよ、先生。夕べはあの女とすっかり意気投合しましてね。――熊さん、もう寝ましょうね――っつうからおいら、喜び勇んで女の帯を解きましたら、驚きですよ、なんにもないんですよ。真っ白な白紙みてえに」
「……なるほど」
「なるほどじゃあ、ありませんよ」
「で、どうする熊さん?」
「いえねえ先生、今度は着物をおいらが用意するから、裸の女を描いておくんなさい」
お後がよろしいようで……。
おしまい