発狂した宇宙人

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深夜の出来事

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 ロバートは間近に人の気配を感じて微かに目を開けた。すると長身の目つきの悪い男が見下ろしていたから、驚いて毛布を剥いで起きようとした。

 

 と、突然冷たい銃口がロバートの鼻先に突き付けられた。森の近くの閑散とした場所にぽつんと建つロバートの家での事件である。

 

「騒ぐなよ若いの。おとなしくしてな、この辺りは隣の家までかなりの距離があるから、銃を使ったとしても誰も気づかねえ」

 

 やっと寝付いたばかりのロバートは身が縮み上がって言葉さえ出なかった。

 

「だが俺はただの泥棒でお前を殺しに来たわけじゃねえから、そう怖がるな」

 

 男は黒い革のジャケットを着ていて苦味ばしったハスキーな声でそう言った。 外の冷気がその男の体にまだ残っていた。

 

「だが騒げば銃を使うぞ」

 

「いったいどうやって入ったんだ」

 

 生唾を飲み込み、絞り出すようにようやく言葉が口をついて出た。

 

「俺は職人さ、そして専門家でもあるんだ。無論、鍵のな」

 

「ここには何にもありませんよ」

 

「何にもないって事はないだろ。おとなしく金目かねめの物をだしな」

 

 男は剃刀の刃のような鋭い目つきをしている。修羅場を渡り歩いてきた男の目だ。

 

「現金はありません。家には置かない主義でして。キャッシュカードなら差し上げますが」

 

「馬鹿野郎! そんなもん止められたら使えねえよ。暗証番号ってやつもあるしな、それに中身がわからねえじゃねえか。いいか、俺を舐めんなよ」

 

 男の眼に凶悪な炎が燃え上がるようだった。

 

「……」

 

「なんかねえのか」

 

「そうだ、金時計があります。ロレックスです」

 

「本物だろうな。いいだろう、そいつを出しな」

 

 ロバートが抽斗から取り出した時計を男はポケットにねじ込んだ。

 

「あとは何かねえのか、家探しされたくねえだろ。なあ」

 

 男の粗暴さが見え隠れする。

 

「あっ、そうだ、財布に500ドル入ってた」

 

「馬鹿やろう、なぜそれを早く言わねえ。それをよこせ」

 

 ロバートが財布を差し出すとクレジットカードと中身だけ抜き取ってポケットにしまった。

 

「ほかに何もねえのか?」

 

「ええ、ないです」

 

「仕方がねえ。おまえを縛り上げて帰るとするか」

 

 男はあらかじめ用意してあった細いロープを取り出し、後ろ手にロバートを縛り始めた。

 

「――待ってください」

 

 ロバートが低い声をだした。

 

「なんだ」

 

「あなたは人を殺したことありますか?」

 

「なにーっ! なんでそんなこと訊く?」

 

「いや、そのちょっときいてみたくて」

 

「おまえに関係ねえ」

 

「ですが」

 

「安心しろ、お前は殺さねえよ」

 

「そうじゃなくて」

 

 男がじっとロバートの眼を覗き込んだ。

 

「おまえ何考えてる」

 

「……」

 

「もっと大金が欲しいんじゃありませんか?」

 

「まだなにかあるのか」

 

 男がたくましい腕でロバートの襟元を絞り上げた。

 

「おい、てめえ何が言いてえんだ」

 

「実は上の寝室で女房が寝てる」

 

「そうか、こいつは迂闊うかつだった。なにか金めの物を持ってんのか?」

 

「そうじゃなくて……。多額な生命保険に入ってる」

 

「なにぃ……」

 

 男は暫らくロバートの胸倉をつかんだまま考えて、やがて腕の力を緩めた。ロバートの瞳の奥の邪悪な光を読み取ったのだ。

 

「おめえ、何考えてんだ?」

 

「つまり、妻に何かあったら保険金が入る」

 

 男はロバートの胸倉をもう一度掴み直した。

 

「おめえ、とんでもないわるだな。それに底なしの欲深だ」

 

「なんとでも言ってください。実は僕は女房が大っ嫌いなんだ。恨んでるんです。まあ聞いてください。あいつは金髪の若い男となにしてるんですよ、新婚当時はおとなしかったんですが一皮むけば前科のある女だったんです。別れたいんですが、それを切り出したら僕を脅すんですよ……」

 

「ほう、たいした女だな。でもよ、それから先はききたくもねえよ。おまえんちの事情なんぞ知りたくもねえからな」

 

「とにかく、もし女房を撃ってくれたら、50万ドルあんたに払いますよ」

 

「この野郎……」

 

 男はロバートを放すと、しばらく薄暗い部屋の中を歩き回った。

 

「ちょっと腑に落ちねえな、調べられるぞ。保険金の入る奴にサツは興味をしめすに決まってらあ」

 

「平気ですよ、僕はただ本当のことを言えばいいんです。60万にしましょう」

 

「こいつ……。しかし怪しいな、その話がもし嘘だったらどうする」

 

「僕は逃げも隠れもしません。保険金が入ったらあんたに連絡しますよ。間違いなく。それまでずっと僕を監視してればいいじゃないですか」

 

「しかし、そうなると俺は殺人犯じゃねえか」

 

「だから、人を殺したことがありますかって訊いたんです。それにキャッシュで60万ドルですよ。そうは簡単に手に入る金じゃない。殺ったら高飛びすればいい。僕がうまく段取りをするから、後からあんたの口座に金を振り込んだっていいです」

 

 男はちょっと神経質にイラついた感じで銃を眺めた。そしてもう一度ロバートを睨んだ。

 

「てめえは酷え奴だ。嘘だったら、おまえ死ぬぞ。いいな」

 

 男はそう言い残すとゆっくりと二階に上がっていった。

 

 しかし、銃声はしなかった。いつまでたっても銃声がしないのだ。

 

 ロバートが落ち着きを欠いて煙草に火を付けた。妻の顔が脳裏に浮かんだがすぐにそれを頭から追い払った。いったいどうしたというのだろう。まさかあいつしくじって逃げたんじゃないだろうな。それとも銃を使わずに妻を始末してしまったのだろうか? それにしても時間が掛かりすぎる――。

 

 ロバートのイライラが頂点に達しかけたとき男が静かに降りてきた。

 

「いやあ、驚いたぜ」

 

 男の目が尋常でない暗い炎を映していた。

 

「なにがです? 何かあったんですか……」

 

 ロバートが答えをせがむと男はゆっくりと顎を撫でてこう言った。

 

「俺は務所にいて十年以上も会ってねえが、あいつは俺の義理の妹だよ」

 

「えっ! そ、そんな……」

 

「あいつには俺が事件を起こして逃げているとき、隠まってもらったことがある。まあ結局は捕まっちまったがな」

 

 ロバートの顔が引きつった。

 

「あいつとは仲が悪い訳じゃあないし、それにだ。おまえにもたっぷり保険がかかってるそうだぜ」

 

 銃口がゆっくりロバートの方を向いて、安全装置の外れるカチッという音がした。

 

 

 

               おしまい

 

 

 

                    ※画像はO-DANからお借りしています